夏の備忘録。
2026年 8月になりました。とにかく毎日暑いです。35度を超える日も珍しくありません。私の住むマンションのエントランスには木がたくさん植えられていて、夏になると毎年、セミの大合唱が始まります。朝から響き渡る大音量に、耳を塞ぎたくなる人も多いのではないでしょうか。
セミの鳴き声の裏には、知れば知るほど胸を打つ、健気で壮大な一生が隠されています。今回は、身近でありながら意外と知られていない「セミの一生」を紐解いてみたいと思います。
セミの一生ってご存知ですか?

夏の終わりになると、メスのセミはお尻にある細い産卵管を木の幹や枯れ枝の皮へ差し込み、その中へ卵を産みつけます。卵はそのまま冬を越し、翌年の初夏に幼虫が誕生します。
生まれた幼虫は木の皮の隙間から外へ出ると、迷うことなく地面へ飛び降ります。体がとても軽いため、風に乗るようにふわりと落ち、天敵に見つからないよう一斉に土の中へ潜っていきます。地面へ着地すると、小さく鋭い前足でわずかな隙間を見つけ、あっという間に土の中へ姿を消してしまいます。
何年も土を掘り続ける。
土の中へ入った幼虫は、光の届かない世界で3〜5年という長い年月を過ごします。私たちが何気なく歩いている公園や庭の土の下には、来年、あるいは数年後に地上へ出る大勢のセミの幼虫が、今も静かに暮らしています。幼虫たちは、たった一匹で何年も土を掘り続けながら、地上に上がる日が来るのをじっと待っています。
数週間の命。
今、大合唱で鳴いているのは、すべてオスのセミです。お腹の大部分が空洞になっていて、その体全体を共鳴箱のように使い、大きな声を響かせています。なぜあれほど、必死に鳴いているのでしょうか。
鳴いている理由は、「求愛」です。鳴き声の大きさや響きから、「このオスは健康で力強い遺伝子を持っているに違いない❤️」と惚れたメスが、引き寄せられるのです。また、オスとは対照的に、メスは一切鳴きません。
セミが、あれほど必死で鳴いているのは、「とにかくモテたい」という命がけの求愛だったのです。無事にパートナーを見つけると、新しい命を木へ託します。地上に出てから、およそ1週間。セミは静かにその短い一生を終えます。
息絶えたその体は鳥や昆虫など他の生き物の命となり、やがて微生物によって分解され、豊かな土へ還っていきます。その土が木を育て、また新しい命が宿る。自然は、命を循環させながら次の世代へと受け継いでいるのです。
「今」を生きる。

セミは、3〜5年という長い時間を土の中で過ごし、地上ではほんの数週間しか生きられません。その限られた時間のすべてを、新しい命をつなぐために使ってしまう。「次の世代へ命を託す」というミッションを達成後に、即一生を終える。その健気さに、思わず感動してしまいます。
生きるとは、長く生きることなのか。
ミッションに賭けることなのか。
地下で何年も耐え、ようやく地上へ出る。そして、その限られた時間を惜しむことなく鳴き、次の命へつないでいく。あの鳴き声は、「短い生涯を必死で生きている」そんな小さな命の叫びなのかもしれません。
今しかできないことを、考える。
私はこれまで、「今しかできないこと」を優先してきました。でも、「これで良かったのか」と思うこともたくさんあります。生きていると、その節々にたくさんの選択肢があります。仕事をするか、休むのか。今、あるものを守るのか。何を手放し、何を得るのか。迷うことも少なくありません。
人生の後半戦を迎え、以前よりも「やらなければならないこと」ではなく、「今までしてきたことを、どう残せるのか」を考えるようになりました。

セミの鳴き声は、今年も変わらず響いています。
この夏は、何が残せるのでしょう。
お読みいただきありがとうございました。
MITSUYO NAKATA.

