シンガポール一人旅

人と風と常夏の国

2026年5月下旬 シンガポールへ行ってまいりました。

英語もろくに話せない、しかも極度の方向音痴のわたしが、シンガポール一人旅。羽田空港から乗り継ぎ、5月26日の早朝。まだ人影もまばらなチャンギ空港に降り立つ。長時間のフライトの疲れも忘れてしまうほど、目の前に広がる光景は想像を超えていました。

空港の中心には、まるで熱帯植物園をそのまま切り取ったかのような巨大な緑の空間が広がっていて、見上げればガラスの大屋根。そのはるか上から、一筋の水が轟音とともに流れ落ちています。

それは単なる噴水ではなくて、滝のようでもあり、巨大なアート作品のようでした。緑と水と光が一体となった景色は、まるで未来都市の入口みたい。ひんやりした空気と植物の匂い。何を話しているのかわからない外国人と英字の看板。外の気温は、33度くらいある。

これは、すごい、すごいぞ。
(キョロキョロ)・・大興奮!

「シンガポールに来た!一人でも、簡単に来れた✨💪」
フフフ・・思わず、一人でほくそ笑んでしまいました。


シンガポールの魅力

シンガポールの街に降り立って、最初に感じたのは「建築の美しさ」です。そして、わずか60年で、天然資源を持たない未開発の小国から、世界トップクラスの経済とインフラを誇る超近代国家へと一気に駆け上がった、圧倒的な進化のスピードです。

街と人と。

建築の美しさ

シンガポールが、近未来都市と呼ばれる理由は、高層ビルが並んでいるからではなく、暑い気候を少しでも和らげるために、風や日差しまで計算された街づくりが行われていることに、その美しさの本質がありました。

細長く伸びる建物、建物がつくる影、抜ける風。そのすべてが一つの設計思想のもとに存在している。街の中心には、圧倒的な存在感を放つマリーナベイ・サンズ。57階のインフィニティプールから眺める景色は、写真では決して伝わらないスケールでした。巨大な地下モールやカジノバーもあり、さらに日常から切り離された特別な空間です。

波打つような曲線美が印象的なヘリックス・ブリッジを散歩中、自転車でアイスを販売しているおじいさんの前に、小さな行列ができていました。買ったアイスを食べながら沈みゆく夕陽。忘れたくないあの風景は、息をのむほどに美しかった。

アラブストリート

サルタン・モスクを中心としたアラビアン建築は、マリーナ地区とはまったく異なる表情を見せてくれます。一つの国にいながら、異なる文化を歩いて巡ることができる。それもシンガポールの大きな魅力です。

建国60周年(SG60)

シンガポールは、多様な人種や宗教が共生する多民族国家です。2025年、シンガポールは建国60周年(SG60)を迎えました。国土も資源も限られた小さな国が、わずか60年という時間の中で世界有数の都市国家へと成長した背景を、自分なりに想像しました。

街を歩いていると、その歴史を誇りに思い、この国を大切に育ててきた人々の姿勢が、建物や街並み、そして何気ない日常の風景から伝わってくるようでした。美しい街並みに、この国は建築だけでなく、人によって支えられているのを感じました。


自然と風と。

シンガポールは一年を通して暑い国です。その体感を少しでも心地よく過ごせるように街全体が工夫されていました。

計算されたシェイド

南国らしい強い日差し。その中を吹き抜ける心地よい風。 この街では、建物の形や配置、木々の植え方に至るまでが緻密に計算され、自然と共存する都市の姿を目指しています。

なかでも印象的だったのは、採光と遮光のバランスが美しく計算された「シェイド」です。街のどこに目を向けても、そのシェイド自体がひとつのアートになっていて、思わず見惚れてしまいます。

キネティック・ファサード

シンガポールでは、壁のパーツが、風で一斉に揺れて、波のようにキラキラ光りながら「シャンシャン…」と繊細な音を立てる仕掛けがありました。調べてみると、建築デザインの用語で「キネティック・ファサード」と呼ばれているもの。常夏の強い日差しを遮熱すると同時に、風を視覚と聴覚で楽しむための先進的なビルデザインとしていくつか導入されていました。

年間を通して、とても暑い国ですが、五感をうまく利用し、少しでも涼しく感じらるようなたくさんの仕掛けがあり、それに気づいた瞬間が、今回の旅をさらに楽しくさせました。

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ

あちこち散歩をしていると、すっかり日も暮れた時間帯になってしまいました。ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの巨大なガラスドーム「クラウド・フォレスト」を舞台に、映画『ジュラシック・ワールド』の世界がリアルに再現されていて、その迫力とリアリティが凄かったです。

隣接する広大な植物園には、巨大な人工樹「スーパーツリー」が立ち並んでいて、光と音楽が一体となった大人気のナイトショー「ガーデン・ラプソディ」も、素晴らしかったです。昼間とはまったく違う幻想的な世界が広がり、ずっと感動し通しでした。近未来都市でありながら、植物や風、光をこれほど大切にしている街は、世界でも珍しいのではないでしょうか。


おもてなしと香りと。

旅の思い出とは。

旅の思い出は、観光地ではなく、人の心遣いによって深く刻まれる気がします。今回宿泊したのは、ザ・リッツ・カールトンとマリーナベイ・サンズ。同じラグジュアリーホテルでありながら、そのおもてなしは対照的でした。

ザ・リッツ・カールトン

ザ・リッツ・カールトンでは、チェックイン時の何気ない会話や、チェックアウトの際の温かなお見送りの言葉が深く心に残っています。頻繁に開閉するエントランスの扉を、ドアマンやスタッフの方々が毎回手動で丁寧に開け閉めしてくださいます。門をくぐるたびに温かく迎えていただき、とても居心地のいいひとときを過ごさせていただきました。また、朝食の席で、こちらが声をかける前に、さりげなくコーヒーを注いでくださる細やかな気遣いも、大変嬉しかったです。

マリーナベイ・サンズ

一方、MBS (マリーナベイ・サンズ) は、システムそのものがおもてなしになっていました。部屋に入ると、大きなモニターには「WELCOME」と自分の名前が表示され、小さなプレゼントが静かに置かれていました。カウンターへの連絡やアメニティの追加など、全てがシステム化。多くを語らず、仕組みそのもので感動を届ける。無言のおもてなしという言葉が、とてもよく似合うホテルでした。

Diptyque

そして、二つのホテルには共通するものがありました。アメニティに使われていた「ディプティック」の香りです。あの香りを嗅ぐと、今でもシンガポールを思い出します。

青い空。夜のスーパーツリー。ヘリックス・ブリッジを渡る風。リッツ・カールトンで交わした短い会話。マリーナベイ・サンズの窓から見た夜景。そうした情景と一緒に心へ刻まれた、あの日の空気。きっと、それこそが旅の香りなのだと思います。


旅は、五感でよみがえる。

旅の香りとは。

「シンガポールは、初めてですか?」
「はい。」

リッツ・カールトンに到着した際、日本語対応のカウンターに通された。姿勢がよくて、陶器のような肌をした聡明な女性がとても印象的でした。

「旅には、香りがあるんです。」
「そうなんですね。」
「ええ。感じていただけたらうれしいです。」

「明日は、マリーナベイ・サンズに泊まります。」
「それぞれ違う香りを、楽しんでくださいね。」

両ホテルとも「ディプティック」が置いてあった。

でも?
本当の旅の香りとは、香水やアメニティの香りではないのかも知れない。

旅の記憶とは。

見えないもの。

「シンガポールって、ほんとに年中暑いんです。」

そう話してくださった女性の方は、笑顔で続けました。

「年末に、日本の実家へビデオ電話をすると、こっちは汗だくでタンクトップなのに、日本にいる母親は、毛布に包まってるのよ。すごい気候の差ですよね。」

その情景が、鮮明に頭に浮かびました。画面のこちら側では汗をぬぐいながら笑い、向こう側では毛布にくるまりながら手を振る家族。同じ年末でも、まるで違う季節が一つの画面の中でつながっている。

海外だからといって、そこにある暮らしが特別なわけではなく、同じ時の中で、「暑いね」「寒いね」と言いながら、世界のどこかで誰かと誰かがつながり、それぞれの日々を暮らしている。当たり前のことなのだけど、旅先での何気ない会話の中に、当たり前がなんだか鮮やかに見えた。

海外で働くって、どんな感じなんだろう。
寂しくはないのかな。不便なことはないのかな。そんなことを、実に勝手に想像していました。きっと、日本とシンガポールを行き来しながら、自分らしい働き方、生き方を築いているんだろう。

帰国してからも、何気ないこの会話が、なぜか記憶に残り、シンガポールで見た建物や景色と同じくらい、あの短い会話そのものが、旅の思い出のひとつになりました。もう一度、人生があるのなら、”海外で働いてみたい”という密かな妄想が、わたしの小さな土産になりました。

もしかすると旅とは、特別な場所へ行くことだけではなく、何気ない会話の中に、その国で生きる人たちの日常が垣間見えた瞬間を、持ち帰ることなのかもしれません。見えないものを、感じ取る。今回、それがわたしにとって最高の旅の楽しさになりました。

ありがとうSG。またいつか行きたい。

お読みいただきありがとうございました。
MITSUYO NAKATA.